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元近鉄の佐野慈紀が感染症のため、右腕切断の手術を受けることを報告と同時に糖尿病の恐ろしさを語る

元近鉄の佐野慈紀が感染症のため、右腕切断の手術を受けることを報告と同時に糖尿病の恐ろしさを語る

4月30日元近鉄バッファローズ、中日ドラゴンズで中継ぎ投手として活躍した佐野慈紀さんが自身の誕生日にブログを更新。昨年から患った糖尿病による感染症の影響で、明日5月1日に右腕切断の手術を受けることを明かしました。

佐野慈紀 プロフィール

元近鉄佐野

プロフィール

本名:佐野 重樹(さの しげき)
生年月日:1968年(昭和43年)4月30日
血液型:A型
身長:175cm
出身地:愛媛県松山市
経歴:愛媛県立松山商業高等学校 → 近畿大学工学部 → 近鉄バファローズ → 大阪近鉄バファローズ (1991 - 1999) → 中日ドラゴンズ (2000) → エルマイラ・パイオニアーズ (2001) → メキシコシティ・タイガース (2002) → エルマイラ・パイオニアーズ (2002) → オリックス・ブルーウェーブ (2003)

去年の4月より感染症が見つかり、入院生活だった

佐野さんは自身のブログ「佐野 慈紀のピッカリブログ」にて以下のようにつづっています。

2023/4/右足中指の感染が発覚。

重症下肢虚血緊急の為、右足中指を切断。治療の為、強制入院生活始まる。遅ければ右足を失うとこだった。回復に時間が掛かり長期の治療。何とか回復し、足は残す事ができたのだが。。。

と去年の4月に感染症から、右足の中指を切断しています。佐野さんはさらに続けて以下のようにつづっています。

2023/12月 感染症が足から指先に転移

最初は小さな傷口だった。そして。。。指先に壊死が見られる。その結果指先を2本切断

2024/1月 心臓弁膜症の発覚

血流の悪さに懸念が増える。動脈硬化が激しく回復がままならない。糖尿病による影響は恐ろしい。これ以上感染を広げない為に洗浄の繰り返し。毎回激痛が走る。

そして今日まで右手の機能を残すため、治療を続けるも

2024/05/01 

感染症が進み明日右腕を切断する事に。

56歳 最初の出来事が右腕を失う事。涙は出なかった。もちろんショックはあるけれど何とか機能を残そうとしたけど。。。ままならない。受け入れることなんて出来ないけど生きる為には乗り越えないとな。

思い入れはたくさんある。思い出も語り尽きない。一緒に戦ってくれた右腕 感動を分かち合った右腕 明日、お別れする。

ごめんなさい。この言葉しか浮かばない。その後どうなるんだろう。不安がよぎる。

出来なくなったことはいくつあるのだろう。この治療が終わってもまだ終わりではない。心臓弁膜症の手術もしないといけない。感染症も5年生存率と言われ再発のリスクもある。改めて健康第一と考えさせられる。

正直、死ぬ事は想像できない。まだ、やらないといけない事もたくさんある。悲劇のヒロインでもない。みんなと笑顔で会う為に。

と悲痛な思いをつづっています。しかし、元来明るいキャラの佐野さん。このような状況でも最後には以下のように締めくくっています。

56歳になりました。誕生日おめでとう。苦難の先には幸せがある。それを有難いという。ありがとう。

失われた右腕これも長い人生の一つ。そう思いたい。元来ただの強がり。ならば命ある限り強がって生きる。やる事はまだまだたくさんある。目一杯抗いでやる。

56歳を迎えた右腕のないハゲたおっさんですがどうかよろしくお願いします。皆さんもどうか健康第一で!みんなかがや毛〜!

ワシ、野球選手やったんやで!!!

佐野慈紀のピッカリブログ

ネットの反応は


渡辺徹さん、曙太郎さん等、糖尿病を甘く見て命を落とした人は沢山居る。 今、大河ドラマて話題になっている藤原道長も糖尿病から感染症を併発して亡くなっている。 癌より怖いとも言える糖尿病。 30歳過ぎたら血糖には十分に注意したい。

近鉄ファンです。 佐野の右腕で数々のピンチが救われた、あの日々のことが今も鮮やかな記憶として蘇ります。 応援することしかできませんが、生きてさえおればきっといいことがある!

Yahoo!ニュース コメント欄

まとめ

元野球選手が右腕を失うことのショックは計り知れないと思います。しかしそれでも明るく、前向きに生きようとする佐野さんには敬意を表します。プロ野球選手という職業は夢を与える職業ということを今も実践しているようにも思えますね。今回の報道を見て佐野さんから勇気をもらったという方も多いのではないでしょうか。佐野さんの1日も早い回復を願います。

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